大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)6247号 判決 1979年2月19日

原告 株式会社 高米工務店

右代表者代表取締役 岩田公一

右訴訟代理人弁護士 渡辺文雄

被告 塚本芳久

<ほか二名>

右両名訴訟代理人弁護士 中山吉弘

主文

一  被告塚本芳久及び被告アサヒゴーショウ株式会社は各自、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告塚本芳久は、原告に対し、金五七万七、五〇〇円及びこれに対する昭和五二年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告間宮信吉に対する請求及び被告塚本芳久に対するその余の請求はいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告塚本芳久及び被告アサヒゴーショウ株式会社との間に生じたものは同被告らの負担とし、原告と被告間宮信吉との間に生じたものは原告の負担とする。

五  この判決は第一項、第二項及び第四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告塚本芳久は、原告に対し、金六七万七、五〇〇円及びこれに対する昭和五二年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求は、いずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告らに対する損害賠償請求について

(一) (本件不法行為等)

(1) 被告アサヒゴーショウ株式会社(以下「被告会社」という。)は金融を業とする会社であるが、原告株式会社高米工務店(以下「原告」という。)の知らない間に、昭和五一年三月二七日、東京法務局において、被告会社を債権者、原告を債務者、訴外岩田公一及び被告塚本芳久(以下「被告塚本」という。)を連帯保証人として、債権額金一〇六万円、弁済期日昭和五一年三月三一日、利息年一割五分、損害金年三割とする金銭消費貸借契約公正証書を作成した(東京法務局所属公証人足立勝義作成昭和五一年第三六四号)(以下「本件公正証書」という。)。

(2) 被告会社は右公正証書正本に執行文付与を得、昭和五一年六月一六日、被告塚本に対する補充送達にかかる送達証明を得て、原告所有の有体動産を差押えるべく静岡地方裁判所沼津支部執行官に強制執行を委任し、右委任を受けた同支部所属執行官は同年同月一七日原告所有のヨット(YAMAHA―21・エンジンを除く。)の差押をなし、同月二六日右ヨットの競売処分をなして同日右手続を終了し、もって右ヨットにかかる原告の所有権を失わせた(以下「本件執行行為」という。)。

(3) 本件執行行為に際し、

(イ) 被告らはいずれも本件公正証書記載の債権が真実は不存在であり公正証書は当初より執行力を有しないものであることを知悉していた。つまり、原告は被告会社から五回にわたり合計金一、一〇〇万円を借り受け、その都度返済していたが、原告倒産のため、昭和五一年三月一〇日を支払期日とする額面金一〇〇万円の約束手形による金銭消費貸借(利息日歩一六銭)の決済ができなくなった。しかし、原告はそれまでに利息制限法を大幅に越える超過利息(最低でも日歩一六銭)を支払っていたから、右超過利息が右金一〇〇万円の貸金債権に充当され、被告会社は原告に対し何等の貸金債権を有していないのであるから、右金一〇〇万円に関する本件公正証書記載の債権は真実は不存在である。このことは、金融業者である被告会社は勿論、後記(二)(2)のとおり被告会社の代理人である被告間宮信吉(以下「被告間宮」という。)は知っていたし、被告塚本も原告訴訟代理人弁護士渡辺文雄から事前に知らされて知っていたものである。

(ロ) また、右の如く債権不存在の本件公正証書の送達に当り、被告らは、相談の結果、被告塚本が昭和五一年五月一七日付内容証明郵便で原告取締役経理部長を辞任し、同月二四日失業保険受給資格の決定を受け、同年六月一五日受給資格証の交付を受け、同月一六日金七万二、〇〇〇円の支給を受け、既に原告を退社し本件公正証書謄本の補充送達を受ける権限を有しないのに、あえてそのような被告塚本をして補充送達を受けしめ、原告に対する右謄本の補充送達がなされたかの如く形式を装い、本件執行行為をなすことを企て、昭和五一年六月一六日、早朝の時間を選んで右被告塚本をして右権限があるかの如く装わせ執行官職務代行者を騙して補充送達を受けさせ、その違法な送達証明を得て、前記(2)のとおり本件執行行為をなした。

(二) (責任原因)

右のとおり、本件執行行為により原告は前記ヨットの所有権を失ったものであるが、前記事実に照らすと、

(1) 被告らは本件公正証書は本来執行力を有しない無効なものであることまたはその送達が適法なものではないことを知りながら、あえて共謀して故意に違法な本件執行行為を強行したものといわざるをえない。仮に、然らずとするも、被告らは本件強制執行をなすに当っては、被告会社は金融業者で本件公正証書における債権者、被告間宮は後記(2)のとおり被告会社の代理人、被告塚本は原告の元社員であるから、被告らは本件公正証書記載の債権が過去における原告と被告会社の数回にわたる貸借関係も含め利息制限法を適用した場合真実適法に存在するか否か、または、被告会社及び被告間宮は本件公正証書謄本の送達が適法か否か、被告塚本は右謄本の送達を自己が受けうるのかどうかについて、確認注意すべき義務があったにも拘らず、右注意義務に違反して、被告らは右諸点には何等の考慮も払わず、本件執行行為をなしまたは関与した過失があるものといわざるをえないから、被告らは民法七〇九条、七一九条により本件執行行為により原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

(2) 仮に、右(1)記載の主張が認められないとしても、被告会社は被告間宮を本件公正証書の作成及び本件執行行為につき被告会社の代理人としているのであるから、被告間宮は被告会社の指揮監督を受けた被告会社の使用人といえ、本件執行行為は金融業者である被告会社の事業執行行為としてなしたものといわざるをえないので、被告会社は民法七一五条により本件執行行為により原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

(三) (損害)

原告所有の前記ヨットは昭和四九年七月頃、訴外ヤマハ発動機株式会社からヨット本体価格二、四三八、〇〇〇円及びこれにオプション部品約一〇万円を付加し購入したものであり本件執行行為当時の昭和五一年六月下旬における時価は約一三五万円である。

(四) よって、原告は、被告ら各自に対し、不法行為に基づく右損害賠償請求権により原告が受けた前記ヨットの時価相当の損害金の内金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の発生後である昭和五一年六月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告塚本に対する貸金請求について

(一) 原告は、被告塚本に対し、次のとおり金員を貸し渡した。

(1) 昭和四八年一一月一二日 金一二五万円

(2) 昭和四九年一二月二九日 金五六万七、五〇〇円。但し昭和五一年二月二八日まで金五六万円の返済を受けたので貸残金七、五〇〇円

(3) 昭和五〇年六月九日 金二八〇万円。但し返済をうけ貸残金三二万円

(4) 昭和五一年三月二一日 金一〇万円

(二) 被告塚本は原告に対し、昭和五一年七月六日右貸金債権の弁済として金一〇〇万円を支払った。

従って、貸金債権の合計は金六七万七、五〇〇円である。

(三) よって、原告は、被告塚本に対し、右各消費貸借契約に基づき未だ返済のない金六七万七、五〇〇円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年七月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被告塚本

(請求原因1について)

(一) 同(一)の事実中

(1) (1)のうち、原告の知らない間に本件公正証書を作成したことは不知、その余は認める。

(2) (2)は認める。

(3) (3)のうち

(イ) (イ)は否認する。

(ロ) (ロ)のうち、昭和五一年五月一七日付内容証明郵便で原告取締役を辞したことは認め、その余は否認する。

(二) 同(二)(1)は否認する。

(三) 同(三)の事実は不知。

(請求原因2について)

(一) (一)の事実のうち、(1)ないし(3)は認め、(4)は否認する。

(二) (二)の事実のうち、昭和五一年七月六日原告に対し金一〇〇万円を弁済したことは認め、その余は争う。

2  被告会社、同間宮

(一) 請求原因1(一)の事実中

(1) (1)のうち、被告会社が金融を業とする会社であること、原告の知らない間に本件公正証書を作成したことは否認し、その余は認める。

(2) (2)は認める。

(3) (3)のうち

(イ) (イ)は否認する。

(ロ) (ロ)のうち、被告塚本が昭和五一年五月一七日付内容証明郵便で原告取締役経理部長を辞任し原告会社を退社し、同月二四日失業保険受給資格の決定を受け、同年六月一五日受給資格証の交付を受け、同月一六日金七万二、〇〇〇円の支給を受けたことは不知、その余は否認する。

(二) 同1(二)(1)(2)は否認する(但し、(2)については被告会社の答弁)。

(三) 同1(三)の事実は否認する。

三  抗弁(被告塚本、請求原因2について)

1  仮に、本訴貸金債権が認められるとしても、

(一) 被告塚本は、原告に対し、原告在職中の三月分の役員(取締役)報酬として金九万七、〇〇〇円の債権を有する。

(二) 被告塚本は、昭和五〇年夏頃原告の行った東京都足立区内における土地分譲(一二区画)に当り、二区画を知人に斡旋売却したが、その際、原告会社代表者岩田公一は右斡旋売却の謝礼として被告塚本に対し金六〇万円を支払うことを約したから、その売却報賞金として被告塚本は原告に対し金六〇万円の債権を有する。

2  被告塚本は、昭和五二年九月五日本件口頭弁論期日において、右役員報酬請求債権及び報賞金請求債権をもって、原告の本訴債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  被告らに対する損害賠償請求について

1  (請求原因1(一)について)

(一)  同(1)、(2)について

被告会社が金融をその業務の目的の一つとする会社であることは《証拠省略》により認められ、《証拠省略》によれば本件公正証書はその作成のために必要な原告の白紙委任状に基づき作成されたものであることが認められ、その余の請求原因(一)(1)(2)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同(3)について

(1) 本件全証拠によるも被告らが本件執行行為に際し本件公正証書記載の債権が真実は不存在であることを知悉していたことを認めることはできない。なお、被告会社は前記認定のとおり金融をその業務の目的の一つとする会社であるが、その一事をもって直ちに本件公正証書記載の債権の不存在を被告が知悉していたことを推認することは難しい。

(2) 《証拠省略》によれば、被告塚本が昭和五一年五月一七日付内容証明郵便で原告取締役経理部長を辞任し原告を退社し、同月二四日失業保険受給資格の決定を受け、同年六月一五日受給資格証の交付を受け、同月一六日金七万二、〇〇〇円の支給を受けたことが認められるが、さらに進んで被告らがそのような被告塚本をして補充送達を受けしめ原告に対する本件公正証書の謄本の補充送達がなされたかの如き形式を装い本件執行行為をなすことを相談したとの事実は本件全証拠によるも認められない。

2  (請求原因1(二)について)

そこで、責任原因について判断する。

(一)  故意について

右1(二)記載のとおり、被告らは、本件執行行為に際し、本件公正証書が本来執行力を有しない無効なものであること、または、その送達が適法なものでないことを知りながら、あえて共謀して故意に本件執行行為をなしたとはいえないので、原告の被告らが故意に本件執行行為を強行したとの主張は採用できない。

(二)  過失について

(1) 《証拠省略》によれば、原告は被告会社から昭和五〇年三月から五回にわたり合計金一、一〇〇万円を日歩一六銭、一七銭という利息で借り受けていたことが認められ、右事実によれば原告と被告会社との間の当該各金銭消費貸借契約における利息は利息制限法を遙かに超過した高利でなされていたといわざるをえないところ、原告は過去における右超過利息は本件公正証書記載の債権に充当されているのであるから、金融業者である被告会社は本件執行行為に際し、本件公正証書記載の債権が真実存在するか否か確認注意すべきであったと主張するので、検討するに、一般論としては過去数回にわたるそれぞれ発生原因事実を異にする右超過利息が合計されて直ちにこれまた発生原因事実の違う本件公正証書記載の債権に当然に充当されると考えるのは相当でないので、本件執行行為に際し被告会社には原告主張の如き注意義務は存在しないと考えられるが、しかし、前記認定のとおり、前記五回にわたる合計金一、一〇〇万円、日歩一六銭、一七銭という高利の各金銭消費貸借の先行する本件においては、当然借主である原告の方から本件公正証書記載の債権に対し右超過利息に係る不当利得返還請求権をもって相殺の意思表示がなされる余地が存在し、弁論の全趣旨によれば原告はその倒産に伴なう債権債務の処理を弁護士に委任していることが認められるので、右相殺の意思表示がなされることは十分考えられる状況にあったのであるから、前記認定のとおり金融を業務の一つとする被告会社としては、強制執行は主として給付請求権の強制的実現という相手に打撃を与える法律上の手続であることを考えると、被告会社は当然本件執行行為に際してはあらかじめ右相殺の意思表示をされても未だ貸金債権が存在するか否かを確認注意すべき義務があったといわざるをえず、《証拠省略》によれば被告会社は当該注意義務を尽していないことが認められるから、被告会社には原告主張の過失があったとするのが相当である。

(2) 前記認定のとおり、被告塚本は昭和五一年六月一六日の本件公正証書の謄本の送達時は既に原告を退社していることからすると、被告塚本は原告に対する右謄本の補充送達を受ける権限を有していなかったことは明らかであるところ、《証拠省略》によれば、右送達に当り、被告塚本は自分が原告倒産以来原告代表者に代わりその債権債務の整理をして来たことから、その送達を受けても構わないと考え、東京地方裁判所執行官職務代行者熊谷秀雄の求めに応じて「株式会社高米工務店・経理部長」なる名刺と免許証を呈示し、自己が当時原告を退社している旨申し述べなかったことが認められ、更に、前記認定のとおり当時原告代表者は既に当該債権債務整理のために弁護士を委任しており、弁論の全趣旨によればそのことを被告塚本は原告代表者から知らされておったことが認められ、右各認定事実に《証拠省略》により認められる右謄本の送達が原告所有の前記ヨットという具体的目的物に対する強制執行のためのものであることを被告塚本は被告間宮から聞いて知っていたことを合わせ考慮すると、本件執行行為により原告はその財産権を失う結果を来すという状況下で、被告塚本が当該補充送達を受ける権限を有しないのに安易に自己がその送達を受けても構わないと軽信し右謄本を受け取ったことは、不注意といわざるをえず、被告塚本には本件執行行為に際し原告主張の過失があったとするのが相当である。

(3) 《証拠省略》によれば被告間宮は被告会社から本件公正証書記載の債権の存在を知らされたうえ本件執行行為を依頼され、その債権の存在を信じて被告会社代理人として執行のための手続をとったに過ぎないことが認められるので、右事実によれば被告間宮には原告主張の如き当該債権が真実適法に存在するか否かを確認注意すべき義務があったと考えるのは相当でないので、被告間宮には原告主張の義務違反の過失はない。また、被告間宮は本件公正証書の謄本の送達の実施機関ではないから、被告間宮には原告主張の如き右送達が適法か否かを確認すべき義務は存在しないと考えるのが相当であるので、被告間宮には原告主張の義務違反の過失はない。

3  (請求原因1(三)について)

《証拠省略》によれば本件執行行為当時の前記ヨットの市場価格は約金一三〇万円から金一八〇万円であることが認められるので、右事実によれば原告の前記ヨットの時価は約金一三五万円であるとの主張は相当である。

4  右の如く、被告会社及び被告塚本の各過失により原告は本件執行行為を受けるに到り右損害を受けたのであるから、被告会社及び被告塚本は各自原告が受けた右損害を賠償すべき義務がある。

二  被告塚本に対する貸金請求について

1(一)  請求原因2(一)(1)ないし(3)の各事実及び同(二)のうち被告塚本が原告に対し金一〇〇万円を弁済したことは当事者間に争いがない。

(二)  本件全証拠によるも同2(一)(4)の事実を認めることができない。

2  各抗弁については、被告塚本は何等立証しない。

3  よって、被告塚本は原告に対し金五七万七、五〇〇円の弁済義務がある。

4  本件訴状が被告塚本に送達された日が昭和五二年七月九日であることは本件記録上明らかである。

三  以上の次第であるから、原告の被告会社及び被告塚本に対する損害賠償請求はいずれもその理由があるのでこれを認容し、また、被告塚本に対する貸金請求は主文掲記の範囲内で理由があるのでこれを認容するも、被告塚本に対する貸金請求のその余の部分及び被告間宮に対する損害賠償請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古屋紘昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例